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9. ボケた老人に「よく考えなさい」と、言葉を投げつける
パンツの上から紙おむつを当てようとするような老人に向かって、オムツの当て方を「よく考えなさい」というのは、「いかにもまずい」と、私は思うのだが。
床の上に、オシッコをこぼしてしまったおばあさんに向かって、夜勤の介護士が濡れた床を拭き、そして、老人の紙おむつを新しいのに替えながら、この荒い言葉を吐いた。手荒いのは言葉にとどまらず、体拭きしながら乱暴な介護をしたらしい。「あなた、私を叩きましたね」と、おばあさんは言った。この職員は、柔和な顔立ちだが、気性の荒い性質の持ち主であった。この人は、老人のボケ症状についての無理解から、入所者に対して、過酷な介護を繰り返してきた要注意人物だった。すこしばかり前に、私はこの介護士を、お年寄りへの接し方を勉強してもらおうと、職場配置換えをしていたのだった。
新しい職場に異動したこの職員の手荒い介護が、私の耳に聞こえてきたきっかけは、偶然なことからだった。件の物静かだったお年寄りが、このごろ次第に手を焼くような耄碌症状を見せるようになったのは、私でも気付いていた。そこに、このお年寄りが、気性の荒い職員たちから手荒な介護を受けていると、芳しからぬ話が聞こえてきた次第。さらに、あの夜の夜勤介護のことが、私の耳に届いた。冒頭記述した、問題老人に対する過酷な扱いのことである。これでは、老人が心理的圧迫を受けて、さらにボケ症状が進んでしまうのではないか。私は気がかりだった。
夜眠れなくなってきたこのお年よりは、夜間に動き回り、音を立てて、声を出して、同室者の睡眠を妨げることが多くなっていた。それではと言うことで、嘱託医師の指示で、これまでの治療薬に足して、精神安定剤と睡眠薬の投与が始まっていた。やがて、老人は妄想がさらにひどくなり始めた。この老人に対して、これまで比較的理解を示していた同室者から、「夜、騒がれるので、たまりません」と、非難の声があがったらしい。介護士たちは、困ったのだろう。お年寄りたちの不満に応えるため、現場の相談で、おとなし老人、いや、音あり老人を、別の部屋に移動してしまった。
当然のことだが、今度は、新同居者から苦情が出た。どういう経緯で、部屋換え検討が行われたのだろうか。私は秘かに取材を始めた。そのとき、お年寄りの上腕部に爪先の痕があるのを発見したのだった。ちょうど、口唇の外側をなぞったような形状の輪枷の形状をしていた。その形状は、上腕に沿って、縦に描いたような模様だった。そして、その輪枷のなかに、内出血のような色跡がついていた。
このお年寄りは、泣くような表情で、妙な言葉を口にしている。「看護婦さんが、園長に言うたか、まだ言うてないのかと、私ば責めるばってん、何の言いますもんですか。私は、園長ば困らせとうなか」と。私は首をひねった。「何故に、腕に皮下出血をつくりながら、この老人は妙なことを言うのか」。調べてみると、2日前に、声が大きい看護婦が、このおばあさんの採血をしていた。「採血が難しい人なので、注射針を2度刺した」と、看護師は言った。「液漏れではありません」と、自信を込めた返事だった。だったら、注射のときの、看護師の鷲掴みが、輪枷の原因かも知れないと、私は思った。
とにかく爪先の型輪枷がつくほど、お年寄りの腕を強く掴んだ職員がいるのは事実だった。私は、輪枷の内側の皮下出血部分を、看護師長と介護士長に、見るようにと指示した。そろって「あれは注射漏れである」と報告した。それから、2日経って見た老人の上腕の皮膚には、爪先の痕はもう残っていなかった。だた、輪枷だけが薄く残っていた。園長の調べは無駄だったのだろうか。いや、収穫はあった。ある職員は、園長に、夜回りを進めてくれた。「陰日なたのある介護をしている人がいますよ」「とても荒い介護をしているんです」と、教えてくれた。
可哀相に、この人の移動先は、安住の地ではなかった。数日して、また、扱いが難しいこのお年寄りの移動準備がはじまった。いま、このお年寄りは、2度目の移動先の部屋で、ベッドに仰向けになって、何かに語りかけるように、ひとりつぶやくようにしゃべっている。人の名前も出てくる。時々、歌っている。耳を傾けるともなく聞いていると、おばあさんがまだ若い頃に、タイムシフトしての独語であった。普段は、物静かで内気なお年寄りが、今、自分だけの世界に入っている。看護師が書く「異常報告書」には、相変わらずこの老人の不眠症状が記載してある。しばらくして、彼女は、広いロビーに出てきて、食卓に手をのせて、ショボショボ目をしばたかせながら、園長に向かって、「眠れまっせん」と、小さな声で言った。
私は、数日してこの問題について、ひとつの結論を出した。妄想が出ているお年寄りに対してではなく、手荒な介護をした職員に「考えなさい」と注意を与えて、それから、2度目の職場異動を指示した。
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