11. 「職員は泥棒ばかり、こんなところには居られません」
    ばか園長の受け答えは…

 「園長さん、ここを出にゃならん」とまた宣告された。お昼どき、自室に私を呼び出して、ティッシュボックスをまた盗まれたと、お怒りである。「あたしゃですね、地元警察でやかましい女で通っているのですからね」と、こちらを脅しあげる。性質の良くないおばあさんである。担当の介護士のご苦労がよくわかる。それも自前のティッシュボックスを同室の老人たちが盗む、と言い出した。「五体かなわぬ老人では盗めない」「同室の誰が盗むものですか」と職員が説明すると、それでは、ここの職員が盗むというのである。職員はこれが我慢できる骨太の女性である。私は提案した。ティッシュボックスを10個ばかりまとめ買いすること、太いマジックで一連番号を付けるというもの。これで、しばらくはおとなしいだろう。
 これまでに、彼女がわたしに寄せたクレームを、列記してみよう。皆さんに私の苦労の幾分かでもわかっていただけると思う。お付き合いをお願いする。
  • 下着の洗濯は、他の人と一緒にしては困る。
  • 部屋のかどがへこんで、私のベッドのまわりが狭くなっている。広い部屋を要求する。
  • 同室の人が、夜うるさい。どこかに放り出して欲しい。
  • 歩行訓練するために、廊下を使用する。障害物がないようにしてくれ。
  • 車椅子買ったけれど、足が痛くて困る。また、新しく新型の車椅子を買いたい。
  • 自動車を買ってやった孫が来なくなった。孫を呼び出してくれ。留守宅に車椅子を取りに帰りたい。
  • 歯の治療にいきたい。職員が付き添わぬなら、タクシーをよべ。孫が来ないのでしかたないではないか。
 またも、園長を呼びつけた。今度は「園は不潔だ。体に発疹ができた」というのである。何を哭く。職員の反対を押し切って、無人の家からダニ付き毛布を持ち込んでいながら。もうあんたみたいなの知らん、と言いたい。
 老人性頑固症に、物盗られ妄想が進んだ行動障害型認知症と考えて、園長はこれまで我慢してきた。「職員の前で、施設を変わると言うたら、貴方、都合がわるいでしょうが」と諌める程度にしていた。ところが、このおばあさん、あろうことか、市役所に訴えた。「園が身柄を拘束して、通院も買い物もさせてくれない」と訴えなので、市役所も一応事情を聞きたい、ということになった。そして、今度は施設に往診に来た整形外科医が、おばあさんから面罵されるという事件が起きた。この人は本当に度し難い人だ。
 娘も孫も逃げ出し、職員も手を振って「勘弁して」と、寄ってこない。この恐妻の旦那は、ご自身が入院したことをいいことに、なかなか連絡をくれない。今日も、娘さんが、費用支払いのために、遠方から来園していたが、「母に会わずにかえります。あとは、よろしく願います」と、逃げるようにして帰った。今後も「園長のばか」とののしりを受けながらお相手を続けるつもりだ。