20. 「その球は親に投げ返しなさい」
    「先生が悩むことではありません」

 家で生き物を飼った経験のある人に尋ねたい。物言わぬ生き物を育てて、共に暮らすのは、優しさに加えて、飼い主に洞察力・観察力がないと、生き物がかわいそうと思いませんか。私は皆さんにもうしあげたい。介護を受ける老人だって、同じです。介護能力のある優しい職員のお世話を受けたいのです。
 挨拶もできないような、精神未発達の学生を指導する専修学校の先生は大変だ。実習先の施設に見回り指導に来た先生と、懇談したときのこと。「あの子は、どんなに言ってきかせても、自分のほうから、挨拶をすることができないのです」と先生がポツリと洩らした。実習中の、その子の様子を尋ねたところ、「ぼんやりしていて、今日はどんなことを勉強しようという、考えも意欲も湧かないのです」という返事。就学するまでの、家庭内の訓育としつけは、どんなになっていたのだろうか。この子は、家庭では、どんな生活をしてきたのだろうか。介護施設で介護実技の指導を受けるには、能力がやや乏しい学生のように思える。ここまで、就職のため修学している本人には気の毒だけれども、能力に適した若者向けの学校や、能力開発を進めながら生活指導や職業訓練をする施設に転向したほうが良いと、私は考える。
 老人のお世話仕事だったら就業できるかも、ということで、ご両親は考えて介護専修学校を選んだのかも知れないが、担任の先生はこの学生を預かって困っていらっしゃる。介護サービスは、人間相手の世話ごとなので、とてもややこしく、面倒な仕事である。とてつもなく時間がかかり、かなりの忍耐を要する厄介で危険な仕事である。この子の親御さんは、そのところがわかっていないのではなかろうか。先生は、学生さんの能力を見極めて、どのような勉強をすべきか、どんな職業訓練を受けたらよいのかを、いちど父兄と話し合うことが必要だと、私は思う。
 先生の悩みが理解できる例を、紹介する。
ある日、施設の老人から、「今どきの学生さんは、ヘンテコリンですね」と話しかけられた。その方は、女子学生から異性の友達が出来ずに悩んでいると相談を受けた、というのである。その相談たるや、ア然とする内容だった。この施設に男を得るために来たのだが、一晩だけ誘いにのってくれたが、爾後、相手にしてもらえない、というのである。お粗末な女であるということが分かってしまった結果、男は誘いに乗ってこないのである。本人はそのことに気付いていない。こんな学生をお世話する先生、「ご苦労様です」。
もうひとつのお話し。研修に来た学生君が、老人のメンタルテストのつもりか、「貴方は、歴史上の人物、徳家康を知っていますか?」。「モナリザの作者は誰ですか?」、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」と、おばあちゃんは答えました。「違います」と言われたそうです。先生も大変ですね。