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23. 「事前評価」の意義
情報の共有化で介護ミスを防ぐ
少々の間、お堅い話にお付き合いください。「事前評価」という言葉を、あなた、聞いたことがありますか。
初めてこの専門語に接したとき、私は何のことか判らなかった。介護施設が、新たな入所者を受け入れるための検討をするとき、事前評価をして、受け入れの準備をする。その申し込み者が、高齢の共同生活者として、施設の中で生活していくことができるかどうかを、関係者で話し合う。これを「事前評価」という。
また、ここでいう関係者とは、施設側の職員として、看護師、介護士、生活相談員、管理栄養士それに、事務責任者や施設長がはいる。忘れてならないのが、嘱託医である。医学的見地から、この申し込み者は、入所させてもよろしいか、考えを述べて頂く立場の人である。施設外の関係者としては、まず、家族そして施設利用申込者、ということになる。ここで大事なのは、ソシアルワーカー(ケアマネジャー)の役割だ。お年寄りの介護サービス利用のお世話をしているケアマネージャーが、お年寄りの状態を、公正に情報提供する。これはとても重要である。事前評価のための資料の一部となる。
入所予定の方が、施設の内で障りなく生活できるように、関係者が、その方についての個人情報を共有する。たとえ短期間の入所であっても、介護するに必要な情報を、関係者が共有することが大切である。読者の皆さんに対する単なる説明ですませないために、、また、生硬な話で終わらせないために、「事前評価」が理解できる例を、3つほど述べることにする。
一つ目の話。施設での短期宿泊の最初の夜、お年寄りの眼が潰れたことがあった。そのときの宿直の看護師と介護士は、さぞや、怖かったろう。眼圧が高くて、眼球破裂したもので、普段から、その恐れはあったらしい。この方は、短期入所数回の経験をお持ちの老人であった。入所の書類には、眼科の注意が記録されていたらしいが、今回の家族からの引継ぎ記録には、その点の注意はなかった。その朝、迎えに出向いた職員は、施設にお年寄りを送り込んだとき、もちろん、眼科の注意を引き継ぐことはなかった。もしものことだが、事前評価のところで、眼科領域で問題にされていたならば、関係者の衝撃は、もっと少なかったことだろ。また、家族から、当日連絡いただいた情報に眼科情報が含まれていたならば、と悔やまれる。事件後に夜間、呼び出された送迎担当職員は、泣き腫らした目をしていた。とても可哀相だった。
二つ目の話。はじめて、お預かりしたおばあさん。3日目くらいの夜、体動激しいとの夜間記録にあったとおり、夜中に、ベッド枠を乗り越えて頭部から落下、顔面を強打した。朝を迎えたときの、おばあさんの顔は、あの七代目市川団十郎「歌舞伎十八番」でよく紹介される「押戻」「暫」の顔そのままである。朝のうちは、眼窩に紫色の隈だったが、しだいに顔面全体に広がり、黒味が増していった。この場合は、事前評価のあと、受け入れ側の対策も立てられていた。ベッド枠を着けることは、通常の介護の範囲をこえており、家族との間で了解を得ていた。なのに……と、家族が施設の対応に不満を持つのは、無理もないとおもう。平身低頭する園長に向かって、子息夫婦の渋い顔は、いつまでも晴れなかった。お母さんの顔は、10日以上腫れたままだった。面子の問題は、とかく大袈裟になる。
三つ目の話。受け入れ施設側の失態で、家族から怒られたこと。これは短期入所の男性受け入れの話。宿泊を終えて帰宅したご主人の薬(下剤)が、消化されていないこと奥様が気付いた。「あれだけ薬の説明をしたのに」。普段から、喧しいご婦人であるらしく、園長まで狩り出され、頭を下げにいくことになった。看護長、管理栄養士、生活相談員の総勢4名、これで施設側の事前評価スタッフ揃っての訪問だ。奥様の説明はこうだ。「主人の排泄は、ゆるいのが常態だ。たとえゆるくても、下剤は飲ませてくださいとお願いしたでしょ」。施設の看護師は、説明連絡に気付いていたかどうか。看護師たちの判断で、下剤の投与はしなかった。情報を正確に受け止めていない現場の失態である。私たちの前で、ご主人は、「そうだった。そうだった」というばかりだった。
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