16. 老人の性
    「繋がっていました」と若い職員の証言

 これは老人の性の話。入社して、半年になろうかという若い女子職員が、下半身がつながっているお年寄りの間に分け入って引き離すという、えらい役目を負わされた。その時の様子を尋ねられて、職員ははっきりと「繋がっていました」と園長に答えた。午前10時ごろ、男性4人部屋は、朝の光がまぶしいほどに、差し込んでいた。老婦人はこの部屋を訪れて、狙いをつけた色男に迫ったらしい。この色男、鼻筋の通った目玉のくりくりした、標準をはるかに抜いた「いいおとこ」である。昔は、幾人かの女性の紐旦那として生活をしていたという。ある人が、こんな仕事をするやくざを「地回り(ジゴロ)」と呼ぶと説明してくれたが、正確なところ、この言葉が適当であるかどうか、私は知らない。ただ、半袖シャツの袖下から青い刺青が見えたから、間違いなく元やくざである。年齢は85歳を超えている。
 一方、情交を迫った女性は、戸籍も定かならぬ身寄りのない人である。「私には、身寄りがいないから」とぶつぶつ言う人だった。誰か男と一緒になりたいというような意味の言葉を、私も聞いたことがある。朝日がまぶしい明るい男性部屋で、二人が色模様を展開している様子を想像すると、同室の男性には大変気の毒なことであった。でも、事件後に、同室者の一人に同情して声を掛けたが、私に顔を向けながら「えへへ」と笑うばかりだった。
 この老人の性騒動を、園長が知ったのは2日後のことだった。看護師が「2日間に亘りフロア会議を開いたが結論が出ないので、纏めてほしい」という。多数の職員が集まっていた。状況説明を聞いて、私は即座に指示を出した。男性に結婚の意思「有りや無しや」、あるいは同居の意思「有りや無しや」と、担当職員に尋ねさせた。男性老人に夫婦になる気持ちがなければ、放って置きなさい。鳩首会談するような問題ではない。「据え膳食わぬは男の恥」という諺もある、その年でよくぞ頑張ったものだ、私もあやかりたいものだ、という趣旨のことを職員の前で発言した。人生経験の少ない若者が、どんなに首を捻っても、いい知恵が出る訳がない。幸いにも担当職員は、55歳を超えた適役だった。色男の気持ちを聞くことになった。「それでは、この次は園長に老人の性について講義をお願いしましょう」という担当古参職員の言葉で散会になった。
 やはり、予想したとおり「あの人が御開帳してきたので応じただけ」という返事であった。問題は霧散した。その後、当人たちは、男女の仲になった人特有の雰囲気を漂わせながら、近づいては身振り手振りを交えて、友好を深めている。若い女子職員には、気の毒、目の毒ではあった。私が嬉しく思っていることは、この職員が介護士職務に、急激に成長していることだった。