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18. 家族の信頼を得るために積極的に話かける
これは園長の役割です
退勤のとき、よく一緒にバスに乗り合わせる入所老人の家族がいた。毎度、挨拶を交わしていた。その人は、私が、「オジキソウ草」と仇名しているおばあさんの子息の嫁である。オジギ草は強い風が吹いたら、手を合わせるように、葉をすぼませて、肩を落とすように萎れてしまう草。おばあさんは、同じ部屋のお年寄りにいじめられてしおしおとなる。苦しかった時代のことを話すと、涙を浮かべて、肩を落とす。とにかく気の優しい人である。このお年寄りをよく見舞うのが、長男の奥さんだ。この方は、オジギ草おばあさんと、対照的な「ひいらぎ南天」のような強情な人だ。介護職員の間では嫌われ者で通っている。施設職員に対する要求が厳しくて、皆に嫌がられている。たとえば、持ち込んだお菓子を食べさせたい一心で、糖尿病処方に取り組む介護士とやりあっている。この人は、施設の看護に対する不信感が強くて困る。たとえば、血液中の酸素濃度を測定する簡易測定器を持ち込んで、お舅女さんの指先に測定器をはめたりする。とにかく、義母を守ろうと、懸命に、とんでもないことをするのである。
ある日、この方が、夫を伴って園長に面会に来た。お舅女さんの真珠の首輪が見当たらないこと、こんな高額な商品をどのようにして施設の中に居る老人が購入できたか、月10万円の割賦支払い手続きをしているが担当介護士は誰か、などの質問を、私にぶっつけてきた。さらに重大な問題を持ち込んできた。オジギ草おばあさんが、施設に寄付した金子の使い道を、はっきりして欲しい、ということであった。弁護士と相談の上のことだと説明した。かねてからの施設に対する不信感を、いま私に向けてきたのだ。わたしは、即座に、回答を約束した。ただし、私の在任期間外のことなので、暫く時間をいただきたい、と返事した。
今度は、ご子息が、あわてて奥さんをなだめている。「園長先生を傷つけるかもしれない。この話は、これまでにしよう」といわれた。ひいらぎ南天さんは黙った。そして、私に免じて、追及を止めるといった。さらにはっきりと「返事はいらない」と、奥さんは言った。このとき私は思った。家族とは、「普段から、お年寄りの介護・看護を話し合って、相互に信頼関係を作らなければならぬ」と。そして、これは園長の仕事だと考えた。
これは別の話。施設の近所の方が、右半身麻痺で長期入所しているが、家族は入れ替わり、見舞いと介護手伝いに頻繁に来てくださる。必然的にご家族との対話ができている。先日、施設側の介護ミスで、ご婦人の顔面を傷つけてしまった。外科病院への説明不足で、危うく職員の暴力障害とされかねないところであった。そのときに、ご家族が病院に了解を告げられ、事なきを得た。間の悪いことは続くもので、数日後、このご婦人の麻痺側大腿部の骨折が判明した。数ヵ月前の古傷だそうである。介護者の手抜きが原因であろうと推定された。このときは、さずがに幹部職員が雁首そろえてお許しを乞うためにご自宅に伺った。園長は難しい立場にあった。もしも、ご家族との信頼関係がなかったら、きっと問題が大きくなっていたと思う。
もうひとつ、家族から許していただいた話。認知症ご婦人の身体拘束のことで、相談していた家族に、今度は思い切り頭を下げることになった。ずーッと以前、長男さんが「母の88歳の米寿記念に、椿を寄贈したい」と、申し込みいただいたことがあった。間が悪いことに、ボケた母さんが、夜半にベッドから転がり落ちて、夜叉王のようなすさまじいお面になってしまった。私は、長男さんと、これを機会に、じっくり話すことができた。女医の姉に、何も言わせぬ介護をしたいと、長男さんは、母親を外に連れ出すときのためにRV車を購入したこと、その車に母を乗せて自分たちを育ててくれた旧屋を見せに行ったこと、などを知った。今度は、言い訳が出来ない一方的な施設職員の介護ミスだった。脱衣のときに、老練介護士が母さんとともに倒れこんで、大腿骨を骨折させてしまった。私は、病院に飛んだ。病院には、既に長男さんと、彼の奥様が到着していた。私は、お二人に思いっきり頭をさげた。
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