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19. だから大切な家族との対話
施設の日頃の努力を評価してもらう
別の特別養護老人ホームから入所してきた老人の娘さんと、入所のときの事情を懇談した。入所してから5か月ほど経っているご老人を交えての三者会談であった。1年以上前から認知症がでているご婦人だが、娘さんが心得ていて、会話を上手にリードしてくださった。
この老人は、前の施設に5年あまり入所していたが、7度も骨折と負傷されたそうだ。骨粗鬆症だとしても、ひどい話だ。転倒で頭部を打撲したときは、後頭部2ヵ所から、脳内出血の血抜きをしたとか。聴くも恐ろしい話だった。娘さんは、ほぼ1日置きに介護の手伝いに通ったとのこと。ある日、母親の右肩が動かないのに気付き、急ぎ病院に手配し、帰宅間際の医師の厚意で手術を受けることができた。「もう少し日にちが経っていたら腕が動かないところでした」という説明を受けたそうである。
施設長として、この事故について、意見を言わせてもらう。施設職員が事故後の老人の様子に気付かないこと、職員間の事故報告と連絡がなかったこと、これは、施設側の落ち度である。さらに言えば、事故発生を、家族に連絡していないことは、施設側の釈明「すでに報告していると思っていた」では済まされない重大問題である。娘さんは、訴えることも考えたそうである。でも、顔見知りの、職員のことを思うと、それもできなかった。
施設の運営が、どうして上手く回転しないのか。娘さんの見るところ、最も大きな原因は、職員の勤務事情らしい。職員の勤務が長続きしないこと。人繰りが出来ないので、たとえば夜勤の2日連続など無理な勤務を組んでいるような、施設にとって切迫した状況にあるらしい。職員の介護はとても余裕のある状態ではないだろう。お年寄りを並べて、手際よく介護をする、お年寄りに有無を言わせずに、介護を済ませてしまう。それに、昼間のフロアは、見守り職員がいない瞬間が、よくあるそうだ。だから、老人の転落、転倒の事故が多い。荒い応接では、認知症老人の症状は進む。当施設について、「安心して母をお預けしています。だから、週1回程度介護に来ています」と、高い評価をいただいた。
偶然とはよくしたものだ。同じ特養ホームから、こちらに入所してきて2ヵ月という認知症老人がいる。子息が母の様子を見るために、週2度ほど通って来られる。会話がなかなか成立しないこの入所者の攻撃的行動に、うちの職員は、手古摺っていた。この攻撃的行動について、2度ほどご子息と話し合うことがあった。。前の施設に入ってから、急速に認知症状が進んだようだ、ということである。ここに入所してからは、次第に表情が穏やかになり、会話が成立する場面が多くなった。施設の介護が、上手いからと、良い評価を戴いた。そして、今日、突然にこの施設に入所するまでの、10年余の母の記録を、私にくださった。A4サイズ60ページほどの克明な記録である。前施設に入所したときの記録も入っている。老婦人の事前評価の資料として頂戴した。ご家族の期待に副うように、この資料を担当職員に読ませるつもりである。きっと、認知症老人に対して、愛情でくるむような介護ができるはずである。
今日、また嬉しいことがあった。94歳の父親を介護に来た老婦人が、職員の介護の姿勢に感銘を受けていること、父親もまた施設での生活に満足していることを、私に告げてくれた。感謝の気持ちを表すために、施設にお菓子の差し入れをしていただいたそうだ。施設の老人のおやつに回ることだろう。初対面だったが、感謝の気持ちがあふれた晴れ晴れしい表情をしておられた。父親似の小柄な婦人だった。バス停留所での立ち話だったが、嬉しかった。この喜びを、介護長と共有しよう。
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